あともう1つ,背景を知ると理解できる作品を紹介したい。短編映画『サイレント・イヤーズ』(Silent Years)は、ハワイを代表する作家ロイス=アン・ヤマナカの詩集Saturday Night at the Pahala Theatreが原作だ。パハラはハワイ島にある小さな街で、この土地出身のフィリピン系のローカル女性がおじや恋人による過去の虐待に向き合うという重いテーマが扱われている。彼女の回想がピジンで語られ、この点は原作の詩集でも短編映画でも共通している。ピジン自体はナレーションも台詞も真正だという評価を受けている(Films about Pidgin)。ヤマナカの原作は、1990年代半ばにフィリピン系のステレオタイプだとして批判され、その理由の一端はピジンの使用にあった。つまり、ネガティブなイメージを持つブロークンイングリッシュとしてのピジンとフィリピン系の人々を結びつけたということである。しかし、2000年代に短編映画化され、改めて再評価を受けたということは、やはりヤマナカがピジンを用いた人物描写が真正であることを証明しているといえそうだ。つまり、ピジンは単にコミカルな声でも、ブロークンイングリッシュでもなく、深刻なトラウマを見事に描き出すこともできる言語なのだ。なお、全編でなく一部だけだが、インターネット上では、ロイス=アン・ヤマナカによる別の作品Wild Meat and the Bully Burgersを映像化した映画Fishbowlも視聴でき、この作品では登場人物たちである生徒たちがピジンで話し、それに教師がどのように応答するかを通じて,教室内の言語使用をめぐる力関係が描写されている(Films about Pidgin)。