『ピジン:ハワイの声』は,映像作家マリーン・ブースとカナル・ヤングによって共同制作された.この映画を理解する鍵は,映画に収録されているブースによるヤングのインタビューだ.ヤングはハワイ先住民の研究者であるとともに,活動家として知られる存在だった.インタビューの中で,ヤングは自身を含むハワイ語が継承されなかった世代にとって,ピジンは自分らしさの中核にあるという趣旨の内容を述べている.ハワイ先住民が話していたのはハワイ語であるが,19世紀を通じて,社会における英語熱が高まり,教育制度においてハワイ語が抑圧されたことなどにより,ハワイ語は消滅の危機に瀕してきた.ピジンは経済発展のために外部から移民労働者が導入された結果,異なる言語を話す集団が接触して生まれた言語であり,ある意味,植民地主義を象徴する側面を持つ.その言語に先住民としてのアイデンティティーが結びついているということ自体が,ハワイにおける歴史の複雑さを表している.映画では言及されていないが,ブースは当初ハワイ語に関するドキュメンタリーを制作しようとして,先住民社会で一目置かれているヤングに相談しに行ったのであるが,ヤングはピジンをテーマとすることを薦めてブースを驚かせたそうだ.この映画はピジンがテーマであるので,基本的な語彙の紹介があり,プランテーション時代の歴史的な映像,より現代のピジンをめぐる言語差別の問題を知るためのニュース映像が挿入されている.また,言語接触に関与した複数の民族集団の人々へのインタビュー,作家によるピジンを用いた文学作品の朗読,言語学者による解説など,ハワイ社会の実にさまざまな人物たちが登場する.DVDを入手しないと日本では視聴できないが,ハワイを深く知りたい人にとって入手をお勧めする作品だ.