今日のトップニュースは新しい州知事アバクロンビー氏の
就任式でした。明日12月7日は真珠湾攻撃69周年です。すでに数日前から
関連ニュースが出ていて、明日も改めて報道があると思います。日米両国では真珠湾攻撃や原爆投下について対照的な歴史認識があることは周知の事実です。しかし、ここに先住ハワイアンの視点がどう絡んでくるかという点についてほぼ研究されていないといっていいと思います。何を先住ハワイアン的な視点とするかは難しいかもしれませんが、当時のハワイ語新聞の報道はとても興味深い資料です。しっかり調査しなければなりませんが、1941年12月のハワイ語新聞に目を通す限り、真珠湾攻撃に関する直接的な報道は見当たりません。(これはこれで理由を検証する必要があるでしょう。)しかし、翌年1942年12月には真珠湾攻撃から1年経ったことに言及する記事がありました。記事の中の地名はPearl Harborではなく
Puuloaとなっていました。同じ地名がPearl Harbor、真珠湾、そしてPuuloaと3通りに呼ばれているという点は、地政学上興味深い事実です。上記の記事には他にも掘り下げていったら面白そうな内容が詰まっています。調査が進展したらまた紹介したいと思います。