土曜日はスターブルティン紙に掲載されているハワイ語で書かれたコラムの内容を紹介しています。さぼっていた分を少しずつですが紹介していきたいと思います。まずは先週と今週のものを。
先週の記事(2009年4月11日)は、ハワイ王国が独立国であったという根拠をおもしろい視点から紹介しています。まず、19世紀にハワイ王国がヨーロッパ諸国と結んだ条約に言及します。そして、1893年の王朝転覆後はアメリカの基地が設置され、1941年の真珠湾攻撃の標的となったことに触れています。これはハワイがアメリカの一部と見なされていたからです。第2次大戦後の冷戦において同じような脅威を回避するため、アメリカはハワイを自国の一部というよりも「独立国」とみなしていたのだと論じています。この根拠となっているのがハーグ条約におけるハワイの取り扱いだそうです。
今週の記事(2009年4月18日)は、ハワイにおける太平洋司令部総司令官の任務とは、イラクやアフガニスタンにおけるそれと似ていると論じています。もしハワイ州が存在しなければ、ハーグ条約やジュネーブ条約のような国際法に基づいて、(独立国である)ハワイ王国の法令が遵守されているかチェックする責任者は、(ハワイ州知事ではなく)太平洋司令部総司令官ということになると説明されています。これはハワイ王国が置かれた歴史的状況を理解するための仮定の話のようです。